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色えんぴつ第六話
「背中」


夕日が目に沁みた。
どこまでも澄んだその色は、僕の頬を茜色に染めた。
いつかの場所で...僕は一人、ただ流れ往く時に身を任せるだけだった。
朧な雲が、西向きの風に乗り...そして消えた。

電車を降りると、僕は一目散に父が担ぎこまれた病院へと向かった。
5年振りに訪れた故郷の空気は、何事も無かったように僕を受け入れてくれた。
何も無い小さな街。
変わったことといえば、近隣の町との合併で名ばかりの市になった事ぐらいで。

乗り込んだタクシーの車中で、僕は父の事を考えていた。
父は役場の出納課に勤めている。
勤労勤勉で厳しい人だった。
礼節を重んじ、ピンと一本芯が通ったような、言ってみれば古風な人。
煙草は吸わないし酒も嗜む程度、仕事が終われば真っ直ぐ家に帰ってくる、そんな人だ。

そんな父だったが、休日だけは少し違った。
僕を連れてよく出かけたものだった。
まあ目的は唯一の趣味であるスケッチだったのだが。
スケッチブック片手に歩く父の背中はどこかはしゃいでいるようで、目的の場所につくともう僕のことも忘れてスケッチに没頭する始末だ。
僕はいつもそんな父を横目で見ながら、一人で遊んでいた。

父の描く絵はそれほど上手くはなかったが、優しく暖かかった。
僕は父の絵が好きだった。
そんな父に影響されて、いつの頃か僕も自然に絵を描くようになった。

「他人様の迷惑になるような事をしてはいけない。この世の中は一人で生きていけるような甘い世界ではないのだから。それが人の道理なんだ。そしてその道理から外れない限り、お前の想うように自由に生きなさい。」

絵の勉強がしたいと言った時、僕は反対されると思っていた。
だが父はそう言って上京する僕を送り出してくれた。
あの時の父の背中が今も目に焼きついている。
...あれからもう5年。
僕はその間、一度もこの街に戻ってはいない。

父は相変わらず休日のスケッチを続けていたらしい。
その日も近所の河原でいつも通り絵を描いていた。
昼過ぎ、母が洗い物をしていた時連絡があった。
病院からだった。
父は胸を押さえ蹲って倒れていた。
散歩をしていた近所の御婆さんがそれを見つけ、慌てて救急車を呼んだそうだ。

「でね、その文房具屋のせがれがね、最近やってたドラマのね、えーとなんて言ったっけ?ああそうそう、新宿西口の女ってやつ。あれの脚本書いたって言うんだよ。いやーもううちのカミさんなんか最近その話ばっかりでね。昔は鼻ったれのクソ坊主だったんですよ、それが今や売れっ子の大先生だからね。世の中分かんないもんだわ。俺もいっちょ一旗揚げて...ああ、すみません。なんか私ばかり話しちゃって。」

「えっ?あっいや別に構いませんよ。」

「いやーそうですか、すみませんねえ。カミさんにもよく言われるんですよ、あんたは場の空気が読めないって。ははははは!」

本当にそうだなと思った。
ただこのお喋りな運転手のおかげで、少しばかり気が紛れたのは事実だった。

父が運ばれた総合病院は、小高い丘の上にある。
昔は小学校だったのだが、昨今の少子化の影響で廃校になり、今の姿になったのは三年前の事だ。

自動ドアが開くと病院特有の消毒の匂いがした。
受付で聞くと病室は二階だったので、僕は階段で行くことにした。
病院というのは暗くじめっとしたイメージがあり、僕は好きではない。
でもここは明るくて開放的なところだ。
最近の病院は、みなこんな感じなのだろうか?

216
木村 和行様

入り口の前で深呼吸を一つ。中へ入ると...夕日が部屋を染めていた。
綺麗だった。


小島啓寿 | 03:17 - -
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