明日はひとつ天王洲に集合で
「燻し銀河」真っ最中です。

真っ最中と言ってもあと一日。

どの芝居もいつもそうなんですが、
今回は特に、
終わることが寂しいですね。

何回も書いてますが、
この作品が自分でもかなり好きなんですね。

この作品の初演は1999年8月。
今考えると本当に馬鹿馬鹿しいことだけど、
いよいよ到来するミレニアム、2000年はどうなる?
っていうのがありました。
時代の空気ってヤツです。
世紀末。
ノストラダムスまでいかなくても、
何かしらのことがあるだろう、あるいは逆に何ともならないだろう、云々。
町全体が基本的なラインとしてカウントダウンの興奮状態にあったと思います。

僕はその頃の数年、世界が滅ぶ話ばかり書いてたような気がします。
「鈴木の大地」とか。
あれは二十四時間かけて「鈴木県」が滅ぶ話でした。
1997年でした。

この「燻し銀河」も滅ぶ話です。
めちゃくちゃな方向性の混在の果てに、ある世界が滅ぶのです。

滅ぶことで、何かが始まる。
1999年はそんな茫漠たる期待と不安に彩られた、煙の時代でした。

「燃やすものは燃やしつくし、燃えるものは燃え尽きた。おまえも俺も今立っているこの場所は煙の時代だ…」

その九年後。

煙の時代は去り、
茫漠たる思いの居場所は、何か他のもので埋められてしまったのかもしれません。

お客さんに「懐かしいね」と一番言われます。
別にカムカムの初演を前に見たからということでなく、
こういう芝居が昔多くあったな、ということも含めて、
こういう茫漠たる思いの彷徨は、
誰もが通過したあの季節特有の懐かしい匂いだからです。

ただそれはもう、
遠く過ぎてしまった霧雨の日のようなもので、
まさにこの煙った空を、あたりまえに煙たがる人も今は多い。

整理された快晴。
逃げ場のない晴天。

ただ、僕はこう思うんですね。

無限に乱反射し、増殖し続けるベクトルは、
滅びに向かってのみ一本に収束する道を持つ。

その逆方向には多様性を束ねる焦点がない。
整理と整頓。排除と選択。

滅びに向かって収束した無限の光線を、
ぎりぎり最後の一点ですくいあげることができる。

「燻し銀河」を今やって、
あらためて僕は、こういう、
燻し銀な価値観といいますか、
泥臭い漁といいますか、
ともかく、細々となりでも、
しっかり守っていこうと思います。

それはまさに滅びつつあるものだから。
そこを粘り強く尾行していくことで、
一瞬の逆転のチャンス、
獲物をすくいあげる、ぎりぎり最後の一点があるはずだと信じて。


さてさて、
こんな硬い文章も毎日の日めくりには似つかわしくないだろうということで、
僕は来週からカムめくりを一時撤退し、
カムストックの更新につとめます。
週一なみの頻繁更新目指しますので、
どうぞそちらもよろしくお願いします。

そして
「燻し銀河」
まだ明日、間に合います!
よろしく!

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「魂の抜け殻」
乾燥中です。
松村武 | 17:21 - -
銀河が、愛おしい・・・
いよいよ来週、燻し銀河、幕開けです。
素晴らしいメンバーと十分な稽古時間に恵まれたにもかかわらず、
またもやギリギリで脳内の各セクションがトラブりまくってます。
寝てないのに寝れない。

芝居って本当に、時間さえあれば、いくらでも、
それこそ永遠に稽古を続けていけるものなんですね。
でも時間がないからこそ、そういうことになるわけで、
その仮定は無意味なんですが、
僕は繰り返すことが苦手で、
それこそ芝居屋として愚かな思想なんですが、
いつまででも、もっともっとと、
とどまることなく、変化し続けていきたい。
だから時間がもっとあればいいのにと思い続けます。
本当にそこは芝居屋には向いてない。
だからこそ、終わってすぐに次の作品を創りたくなって、
実際創るわけで、
その結果、常に時間とは、足りないのが常のものなのです。

そのわりに
本番はわずかな時間で終わります。
この季節にはふさわしき桜のように、
「咲いて散って、紅孔雀」

旗揚げ第二作「紅孔雀」のラスト台詞。
かなり陳腐ですが。突然思い出して。

「燻し銀河」はいわば、
もう散ってしまった一枚の花びらの記憶と、
これから咲きゆく、満開の予感と、そして不安・・・
その狭間の、まさにこの、春の嵐乱れ打つ三月の空、
不穏な雲、黄色い風、静かすぎる陽光、緑のたくらみ、
去年もあったはずの手触りに潜む間違い探し。
同じ春には生まれるものがあり、終わるものもある。
一つ前の春ともう一つ前の春は、
似て非なるものだろうか?
もやの記憶が混線し、
その狭間に吹き荒れ、散り狂う花
そのうちの一枚の花びらのおぼろな記憶

「銀河はまわるからなあ」

まわる。
まわる。

走り回る。
転げ回る
嗅ぎ回る
逃げ回る

そうです。
「燻し銀河」は目が回るのです。
目が回らないと見えないものがあるんです。
それは、それ自体が回っているものです。
こいつは、
回っているものの正体を定点観測するために、
全力で回転するものたちへ捧げる、
追憶の物語です。

「銀河はまわるからなあ」

「燻し銀河」の中での、
おふうの台詞です。
おふうを演じるのは遠山景織子ちゃんです。
彼女は本当に何でもわかってる人で、
この台詞だって、とても素敵に言ってくれて、
それだけで僕は、
この芝居とは直接関係ないいろんなことにも思いをめぐらせ、
毎度感極まるのです。
こんな台詞、基本的にはめちゃくちゃなんですが、
彼女はもはや、何もかもわかっている人ですから、
めちゃくちゃじゃないんです。
…僕は本当にただただ尊敬し、愛するばかりです。

そんな人なかなかいないから、
この機会に絶対見逃さないでください。
彼女とこの作品は、きっと必然の縁で結ばれています。
そしてこれを見に来てくれるあなたと僕も、
きっとそれなりの必然の縁があるのです。


興奮し、眠れぬ夜中のテンションにて、失礼いたしました。

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「燻しの子」
松村武 | 00:24 - -
私的な演劇史
昨日テレビで
第三舞台の
「朝日のような夕日をつれて」
を放映していた。
とても懐かしかった。
本物は実質初めて見た。

というのは、この作品
僕と八嶋は高校最後の学園祭で上演したのである。
当時は演出が八嶋。
僕は役者です。

僕らは別に演劇部ではなかったけれど、
うちの学校の学園祭の、特に演劇部門というのは活発で、
その中心であった我々は、
上演する台本を奈良の本屋で探しまくり、
この本を見つけた。

ちなみに高二の時にやったのが、これも八嶋演出で
井上ひさし「キネマの天地」
高一は僕のクラスが、アガサクリスティ
八嶋のクラスが、モリエール

といった様相だったので、
当時鴻上さんの本がかなり斬新で、
内容全くわからないまま、
新しい、ということだけで面白くて選んだのだった。
半分以上の言葉の意味もわからないまま台本どおりやってた。
フーコーとか、当時流行のポストモダン用語とかでダジャレを言ったりする。
東京でしかわからない流行語もそのまま言ってた。
当時の校長先生がどうやら社会学者で、
そのことについてほめられたが、
全くこっちはわけがわからなかった。

まあ、
今となってからの目線では、何が面白いのか全くわからない。

ただ、すごいなって思うのは、
完全に一つの時代まるごとそのもののような芝居だということ。
八十年代、確実にこういう雰囲気があった。
セレクトされる言葉や演技、衣装すべてが懐かしい。
そういう芝居がはやったってことじゃなくて、
そういう日本が俄然あった。
本編前に、鴻上さんの昔のインタビューやら
当時のニュース映像とかが流れたのだが、
ロボット化とかマイコンブームとか、ハイテク兵器とか
何だかデジタルなニュースばかり。
でもそんなことばかりだった時代があったし、
現にその頃中学生の僕はマイコンブームにはまった一人だった。

今見ると、何と不気味な時代だったのかと思うけど、
現在も二十年後から振り返るとそんなものでしょう。

高泉淳子さんが鴻上さんを嫌いという前提でナビゲーターとして紹介してて、
当時の演劇研究会のやや赤裸々な話がNHKで公然と話されていてかなり面白かった。

演劇研究会は鈴木忠志さんの早稲田小劇場の流れを継承し、
その作劇、肉体表現を重視する演技メソッドは
第三舞台に限らず、独特なものがあるんですが、
かく言う我らカムカムの母体、早稲田演劇倶楽部というのは、
そもそも早稲田演劇研究会の若手が飛び出して結成したサークルなんです。
僕らはその結成世代の孫弟子みたいなもので、
そこで新人として経験した訓練の内容、芝居に対する考え方は、
やはり演劇研究会の流れでした。
孫弟子である僕らは、先代のメソッドに反旗を翻し、
鴻上さんとは真逆の野田さん的な演劇作りに邁進したのでした。
ですから、すいません。鴻上さんの芝居ぶっちゃけ苦手なんです。
「朝日のような〜」
も先輩から「すげえんだ!」って言い聞かされてたんですが、
その分、なお苦手なのです。

結構先輩方にはしごかれたし、路線対立だったから当時は反発してました。そのあおりで先輩達の支持するものが嫌いになったんですね。そこには一切客観性はないです。
でもまあそんなわけなんで、高泉さんのトークは面白かった。

ただ、早稲田演劇倶楽部の凄みは、
そんな真逆な価値観をも許していった懐の巨大さ。
カムカムの後続も
インナーチャイルドやら、ポツドールやら、
全く価値観の下克上。
未だに演劇倶楽部は健在です。

ちなみに吉田晋一君は
早稲田演劇研究会出身で、
そこでの練習が厳しくてイヤになってやめて、
オールラウンドサークルに入ったけど、
何か物足りなくて、
劇研よりは楽そうな演劇倶楽部に入ってきた、
僕にとっては同期だけど、芝居歴は一年先輩です。
しかも名門出身。
今は影もありませんが…。

その演劇研究会の源流、早稲田小劇場の一員だったのが、
今、「燻し銀河」でご一緒させていただいてる原金太郎さんです。

原金太郎さんは早稲田小劇場以後、様々な芝居を渡り歩いてきた、
生き字引のような人。

先日、
原金さんも出演していて、
僕が大好きなブリキの自発団「夜の子供」の話で盛り上がりました。

そしてお馴染み清水さんは言うまでもなく、早稲田劇研の大エリート。山手事情社のエースの1人。

一方、その傍らには、飛ぶ鳥落とす西の新興勢力、鹿殺しのドン、チョビが不敵な笑みで佇み、

一方そのそばには初舞台で、小劇場なんて全く知らない杏ちゃんがいて、今やめっきり芝居にどはまりになり、
ここまで深くはまったからには、
恐らくこれからいろんな舞台に活躍していくんだろうな…

などと思うと、
綿々と続いている小劇場という大河ドラマというものの一部に、
自分が今この瞬間に、
少しでも噛んでいることが、
とても誇らしいものです。
松村武 | 11:59 - -
生中継してみよう
今日は、というか今日に限らず、
一日中、
頭も体も「燻し銀河」です。
今日は特に、朝から晩まで。
ということで、今日は本日一日の「燻し銀河」生中継リポートを。

朝十時
スタッフ&カムカム若手集合。
初演をご覧になった方はおわかりかと思いますが、
「燻し銀河」は煙に巻かれた、影のお話です。
蝋燭の灯に映し出される影絵のごとく、
物語はゆらゆらと漂います。

なので、その「影」の演出が重要なのです。
今日は稽古場に即席スクリーンを設置しての、
影写しシュミレーション。
暗くして、原寸大でないとシュミレーションにならないので、
役者が来る前に、何ができるのかを見定める実験の時間です。

初演の中野ザポケットに比べると、今回の銀河劇場は巨大です。
なので初演のような小技がどの程度いけるかどうかが鍵。
これは重大な実験です。
結果次第では、演出の舵を大きく切らないといけません。

ああだ
こうだ
ああだ
こうだ
ああだ
こうだ

美術さんや、照明さんと三時間ノンストップで喧々諤々するうちに、
うん!まあ何とかいけそうです。
「影」の演出がようやく具体化してきました。
そして今回の「燻し銀河」の全貌がちらりと見えてきました。
手ごたえあり!

そして僕はすでに疲れピーク。
稽古はまだ始まってもいないのに、
脳が止まりかけです…。

午後一時
二時からの稽古開始なのですが、
すでにチラホラと役者が現れ始めます。
ヤスバのマー君、ミヤドのチョビがやってきて、
森貞先生とともに早出の殺陣練です。
ヤスバとミヤドの正体は「あれ」ですから、
それを追うノギリ(森貞演じる今回版は冷徹な殺し屋です)
との対決はスピーディーかつダイナミックに駆け回る…
という演出の要望を実現するために、
今、目の前でがんばっております。
しかし、森貞君は本当に僕にとっては組んでてやりやすい、
とても秀逸な殺陣師です。
今回後から急遽参加してもらいましたが、
心底助かってます。
がんばれ、マー君&チョビ!
走れ!走れ!風を切れ!

おっと、そう言ってる間に原金さんも現れました。
原金さんは、いつも一時間前をメドに稽古場に現れます。
だいたい一番乗りです。
その芝居に対する真摯な態度に、
我々後輩は本当に勉強になります。
何かうちの劇団の
動物園的な個性派役者たちの将来を考えると、
基本は暗澹たるモノがあるんですが、
原金さん見てると、
僕らが生きていく道を、
ガンガン切り開いていってくださってるように思えます。
ツチガミの迫力、面白さ、段違いです。

まもなく二時ですが、
あとの人はまだ現れません。

二時ギリギリで全員集合。
はじまりは振り付け師、長田ナオたん主導の
スパルタストレッチ…
スパルタストレッチ…
スパルタストレッチ…

そして肉練!

微笑むだけでもキリリと痛む腹筋を抱えながら、
稽古スタート。

この作品には、むちゃなト書きが多くて、特に大勢が同時に関わる複雑シーンが目白押しです。

今日も開始は、そんな集団シーンの一つ、きつねの嫁入りを確認。

続いて、銀河ステーションを昨日から全面改革。
これはいい落としどころを発見。

そしてきつね狩り。

本当にこんな、どう表すかで考え込むシーン作りばかりが続く。

でも続けるとあっという間なんだが。
劇団でもそんなシーン作りが一番しんどくて、踏ん張りどころ…。

あ!
と思えば、
午後8時。
稽古終わり。
最後はなぜか成長率無限大の杏ちゃんの初側転稽古でした。

うーん、着々と進んでるわりに、まだまだあるよ!難所が!
時間が足りない!
でも相当おもろい!

ただ、8時過ぎたらグダグダな脱け殻です。
もう何も頭が働かない。1日ノンストップのわりに、朝からろくに何も食べてないから。

この文も何回もウトウトしながら嘘みたいに回らぬ脳で少しずつ書き足しては消して書いて…

こういう時は飲むに限るが、稽古場のビールもついになくなり、毎日終電まで飲んでる皆も今日はそそくさと退散。仕方がないんで、一人でとんかつドガ食い飲み…そして瞬寝を敢行します。

写真なし!

燻し銀河、お楽しみに。
松村武 | 20:29 - -
燻しはじめました!
「燻し銀河」とうとう始動しました!
予想を上回る、じつに面白い顔ぶれです。スキがないですね。それでいて全員色が違うところがまた。さらに互いに一歩もひかないという空気がまた。よくぞ一つの芝居に集ったものだと思います。

極彩色。
めざす芝居はどんなですか?とか聞かれた時に、僕はよくそう言って煙に巻くんですが、今回はまさに、そのまんまのものがすでに具体的に実現してます。極彩色というのは、例えば、スターウォーズにキン肉マンが出てくるような懐の大きさです。

「燻し銀河」には,そんな人々によってしか成り立たない部分があります。劇団でやった初演の足りなかった部分をあえてあげるとしたらそこで、ある色への統一感はメリットも当然ありますが、本来もっとでかい異世界を小さくまとめてしまうこともある。この作品には底なしにたどれる可能性がまだまだありまして、今回の座組の乱反射でどこまで飛べるか。そこがこの1ヶ月の真剣勝負です。

まあ、少しだけ現時点での情報を明かすなら、
ここだけの話、

遠山景織子、杏さゆり

この両女優は、まことに素晴らしいです。
この出会いに心から感謝します。
こんなことは僕は普段あまり言いません。

いやしかし、9年前のころの自分は、本当にト書きが殴り書きで、演出の自分にムチャクチャふっかけて挑んでます。さあここ、どう表現する?という、過去の自分のムチャぶりに、鮮やかな大人の返しができるかどうか、難問です。

とは言え、
生と死を往還し、過去と未来を往還し、空想四次元を文字どおり駆け巡る、この物語を僕は我ながら大好きなのです。
とても、愛おしいのです。

今日も幸せな1日でした。
何か、先行きに胸踊らせるあまり、この瞬間に、てらいなくガンガン笑える!この幸福な興奮のピークは、今月末、みなさんと銀河劇場で分かち合いましょう!

具体的な内容がない文ですが、すべての答えは本番にあり。

見に来てください!
本当にこの少ない文字では語り尽くせないだけだから!

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松村武 | 00:01 - -
さあ、これから忙しくなるぞ
東京地方、春一番が吹き荒れました。
黄色い砂が舞っていて、目も開けられない有様でした。

いよいよ明後日から「燻し銀河」稽古開始です。
何かドキドキします。
セットや何かも見えてきましたからね。
いろいろなことができそうです。

そうそう。
以前この欄で予告したキャストが若干変わりました。
僕は機関車トーマフの役になりました。
燻し銀の銀さんは清水宏さん。
ゴールドダストはコバケン。
そしてURASUJIファンの皆さん!
チラシにはありませんが急遽、
運び屋のヤスこと森貞文則君の出演決定です!
心強い!
アクションあるよ!

「燻し銀河」が始まった途端、
僕は本当に機関車トーマフのように
ノンストップで走り続ける一年になりそうです。

もちろんその頂点は「ダルマ」。
HPごらんの皆さん知っての通り、山崎樹範出演で珍しく全員出演です。
地方版に惜しくも彼は出れませんが、
それはそれでお得で面白い地方版考えてますからね。

さてその前に、明日は「蚤の市」
カムカムとしては初の試みです。

僕もいろんな品を供出いたしましたが、
カムカム秘蔵映像シリーズDVDが目玉です。

まずは91年「西部巨人」
旗揚げ二年目ですね。三作目。
西武巨人初の激突で盛り上がったあの前年の日本シリーズ。
その興奮を受けて、作ったカムカム史上唯一の西部劇です。
現存者は八嶋、吉田、僕のみ。非常に若いです。
しかし三人とも演技が全く今と変わりません。
少し落ち着きがないくらいで、
技術的進歩のなさに愕然とします。
池袋グリーンですね。
非常に客の食いつきがよくて、
当時まだ早稲田のサークル内にいたんですが、
恐れていた大先輩にほめていただいたのが印象的でした。
本や演出は、これはもう、
若すぎます。

次に94年「獅子女ケニアの時代」
映像は早稲田バージョンですが、
これでパルテノン多摩フェスティバルに出ました。
当時は劇団として画期的な大劇場進出でしたね。
確か動員賞をとりました。
ちなみに大賞は惑星ピスタチオでした。
これ、プリタのカムカムデビューですね。
かなりきついです。
つまりヤツはかなり進歩したということです。
ちなみに八嶋、吉田、僕はもはや今やってることとほぼ一緒です。
愕然とします。
全く進歩してないようです・・・。
本や演出は、
やはり若いです。

最後は96年「大江戸コブラ」
サンモールですね。
新宿ダブルインパクトとか言って、
チラシも裏表にして、
八月、十月とたて続けにこの「大江戸」、「越前牛乳」再演企画をやったら、
あとの「越前」はそうでもなかったのに、
この「大江戸コブラ」は客入りが最悪で、
大赤字!
ついに右肩上がりが崩落!
僕はショックで、その精神危機を乗り越えるために、
この年から高校以来の登山を再開したのです・・・。

ということで記憶に全くいい印象がない作品でした。
明石スタジオでやった初演の同じ作品が、
とても客受けよかったので、
ほとんどこの再演の記憶封印してたみたいなんですが、
久々に見たら、

これはメチャメチャ面白いです!

笑いっぱなしでした。
相変わらず、八嶋、吉田、僕は、今と技術的には変わらないんですが、
年の分、マックス状態の時に今よりも元気です・・・これはやばい・・・
プリタは相変わらずダメです。
つまり彼女は進歩したんです。
そして面白いのが山崎。
かなり面白いです。
たぶん当時こんなに面白いということに気づいてなかったような気がします。
今ではどちらかというとツッコミポジションですが
大いにボケですね。
ダルマはこういう路線でいってもらいましょう。

本、演出も面白いです!

あ、そうだ、これにはもう一人現役元尾も出てます。
元尾のセリフはやはりこの頃から聞き取れません・・・。
でもちょっと面白いです。いろんな意味で。

さあ、皆さん、明日は早い者勝ちです。
またこういう機会あったら秘蔵ビデオ出していきますね。

下の写真は全然本文に関係ないですが、
先日、両国にてIWGPジュニアタッグチャンピオンをとった試合のAKIRAさんです。
素晴らしく芸術的試合でした。おめでとうございます
ベルト奪取の瞬間に居合わせてこっちもとても感動体験でした。
パワーいただきました!ごちそうさまです!

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連獅子スタイルで派手な入場!
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ベルト戴冠!パートナーのライガーと並んで写真撮影!
AKIRAさんは現在、長州、蝶野らと同じ新日レジェンド軍の一員なのです

松村武 | 23:09 - -
ゆとり教育
学習指導要領が見直され、小学校における授業で、
 ̄濕率が3から3.14に戻りました

わが故郷奈良大和郡山では、
古事記編纂の稗田阿礼を祭る「賣太(めた)神社」という所があります。

→うちの近所。
→うちの本家のほぼ隣。
→小学校への通学路。
→境内突っ切りは邪道な近道。
→神社の森は思い出の遊び場。
→控えめな狛犬が一対鎮座されてます。
→知恵の神様。
→受験生にご利益あり。
→物語の神様。
→阿礼様の御霊を継ぐものとして勝手に自己認識している僕。
→僕が通っていたその神社一帯を校区とする平和小学校では夏休みの登校日に阿礼様踊りを踊る。
→ちなみに前回公演「軍団」は当初この賣太神社を巡る物語の予定であったが、半分くらいできたところで頓挫、途中で大きく舵を切り、あのような刑事ものの話になった。(いつの日か復活あるか?)

大和郡山市はその阿礼様にちなんで、記憶力大会なるものが毎年開催していて、今年も劇的な展開が以下のようにあったようです。

『毎日新聞2月3日の記事より
「<円周率>暗唱11万けた…夜通しの挑戦失敗」
奈良県大和郡山市で3日開かれた「第4回記憶力大会」の会場で、円周率暗唱10万けたの世界記録保持者、原口あきらさん(62)が自身の世界記録更新に夜通しで挑んだ。しかし記録更新はならなかった。原口さんは「まだまだ挑戦を続けていきたい」と、夢の11万けた達成に改めて意欲を見せた。
 挑戦は2日午後1時に、やまと郡山城ホールでスタート。17時間経過した3日午前6時15分、4万1828けたでリタイアした。』

ちなみにこの人は数字の列をオリジナルの架空の物語仕立てにして記憶するという驚異の記憶法を用いていると郡山市長さんから聞きました。
この人まで行きませんが3000桁覚えた八歳の子とかいるそうです。
僕は、今ふっと考えて3.14159265358979まで覚えてました。

でも円ってものを数で表すってことは、
考えてみるととても神秘的なことだし、
その際に触れるこの3.14という数字はまさに魔数と言いますか、
数学の世界の深遠を感じさせる象徴的な数字なので、
安易に3なんかにしちゃうのは、
たとえば、それぞれに異なる個性豊かな人間が七人集まったとしても、
それをひとくくりに四捨五入して
およそ十人くらいの男女が…なんて言ってしまうくらい、
本当に乱暴でがさつな考え方で、
まるで人生の細部に宿る何か重要なことを台無しにするものだったと思います。
戻ってよかったですね。

◆‖羞舛量明僂慮式も復活しました。
(上底+下底)×高さ÷2です。

僕もこれ習った時に、その後役に立たない知識の代表格みたいにも思ったものですが、
この、独特の(上底+下底)っていうフレーズは生涯耳に残っており、
二つの台形の片方を上下逆さまにしてつなげて平行四辺形を作って、
片端の出っ張った直角三角形を垂直に切り取って反対側に逆さまにくっつけて、
長方形にしてから半分にするという、
この一連の流れはまるでマジックでして、
このマジック体験は人生の何かにきっと形を変えて応用されていると思います。
この不思議な公式は世界のマジックの一つの種明かしなのです。

数学話でいうと、
高校で習った微分・積分の方法論が芝居作りでとても生きてる実感があります。

数学ってものの見方の勉強なんですよね。

とまあ思い始めたのは随分年をとってからで、
バリバリ文系の僕は
学生時代とにかく数学が苦手でした。

それにしても
数字ってすごいモノですよね。
よく考え出されたものですよね。
実体としてあるものではないですからね。
あくまで概念ですからね。
史上最大の発明ではないですかね。

なんてことを大人になって考える意味で
3.14も(上底+下底)も、ぜひ子供のうちに伝えるべきです。

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筆算ってのも、コレよくよく考えると、
俺こんなことよくできるな、って思いませんか?

********************************************************************
先日、太平洋戦争の従軍兵士が遠く離れた戦場から家族へ送った手紙を、
図書館で特集展示しているのを見ました。
葉書にびっしりと細かく書き込まれた家族へのメッセージの、
何より、その字の美しさにすべからく魅せられました。
そこに展示してあった手紙の字は、すべてが見事に美しい字で書かれてありました。
特段丁寧に書いたというよりも、
この時代の人達は普通に普段からこれくらい綺麗な字を書いたんだろうな、と。
たとえ悲惨であれ、その字に現れるがごとき誠実な人生が普通にあったのだろう、と。
そんな気がして、少し後ろめたいような。

知識や技術というものは、
やはり貪欲に求め続けるのが筋であって、
その筋が人の筋目をつけるのであって、
なんにせよ、
「知らない」ということはやはり、
徹底的に恥じるべきことです。

松村武 | 23:16 - -
「燻し銀河」絶賛発売中
東京地方、ただいま大雪です。

季節柄、寒い日が続いて探り探りの体調なんですが、
もうURASUJIの頃から続く風邪気味が
治ったのやら、治ってないのやらの一ヶ月で。
僕は慢性の鼻炎なので、
この時期は、鼻水鼻づまりや咳が
風邪のせいなのか、アレルギーのせいなのか、
どっち方向で対処すべきなのか、いつもはっきりしないで困ります。

さて、今日は「燻し銀河」発売日でしたよ。
皆さん、買っていただけましたか?

僕はこの作品、自分ですごい気に入ってまして、
折に触れて再演の機会を探り続けてきたんですが、
この度強力キャストで甦ることになりました。

その一つの要因が、
天王洲アートスフィアという劇場が、
去年から銀河劇場と名前を変えたということです。
銀河劇場だから「燻し銀河」いいんじゃない?
という意見ありきで、決定したところもあります。

妙な縁にまみれていく作品です。
前回「燻し銀河」に関しても、奇妙な因果を持った出来事がありました。
カムストック第二十二談「羊」にその顛末が載っております。
http://comestock.jugem.jp/?eid=23

これは初演のチラシ。
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僕は宮沢賢治の作品が好きで、
ワークショップなんかやる時に、
題材として必ず宮沢賢治作品を取り上げます。
この「燻し銀河」はお察しの通り、
「銀河鉄道の夜」がまず根底にあります。
(ちなみに松本零士「銀河鉄道999」も少なからず出てきます)

そして、これは宮沢作品としてそこまでメジャーな作品ではないんですが、
「土神ときつね」というのがありまして、
これが僕はすごく好きでして、
「燻し銀河」のイメージの柱は、この作品です。

野原の真ん中に一本の綺麗な女の樺の木があります。

「この木に二人の友達がありました。一人は丁度、五百歩ばかり離れたぐちゃぐちゃの谷地の中に住んでいる土神で一人はいつも野原の南の方からやってくる茶色い狐だったのです。樺の木はどちらかというと狐の方が好きでした。なぜなら土神の方は神という名こそついてはいましたがごく乱暴で髪もぼろぼろの木綿糸の束のよう眼も赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしで爪も黒く長いのでした。ところが狐の方は大変に上品な風で滅多に人を怒らせたり気に触るようなことをしなかたのです。ただもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかもしれません。」

というような始まり方をするこの話。
女の樺の木を巡る二人の不器用な男の話です。

僕はこの土神っていう名前と存在が大変気にかかり、
それゆえにこの作品を好きなのです。
最後の土神の行動もとても気にかかるものです。
ぜひ読んでみてください。

「燻し銀河」にも土神という人物が出てきます。
まさに怪演という言葉そのものが必要な濃厚なキャラでして、
初演はあの今村さんが。今回はあの原金太郎さんが演じます。
二人とも何か強烈なタイプですよね。端的に顔とかが。
実は僕はこの役を自分でとてもやりたかったのですが、
現在の力量では到底難しい、
まだまだ僕程度では“薄い”ということで、
断念しました。
いつか必ず。

そういうわけで僕は前と同じ役、燻し銀刑事の銀さんをやります。

ちなみに
カムカム版に照らしあわせると、
八嶋のやったゴールドダストを清水宏さん、
山崎みちるのやったイサを杏さゆりちゃん、
藤田はそのまま同じ役で、
明星真由美の演じたおふうは遠山景織子ちゃん。
などなど

軒並み楽しみなキャスティングになりました。

まもなく稽古開始です。

一騎当千のつわもの揃い。
理想に近い稽古場は、それゆえに厳しい競い合いになるでしょう。

僕も心して臨みたいと思います。

これは皆さん、
絶対見に来てくださいね。


松村武 | 23:25 - -
アカデミズム担当として今回僕は「辞書」について考えました
双数の今林君の日記読んでたら、
彼のプロレス界における昨今の活躍ぶりもあって、
ついにWikipediaに載ったって書いてあって、
おお、と思っていろいろ見てたら、
カムカムは載ってて、
まあ八嶋、山崎はあるとして、
みちるもまあ声優界で活躍しているみたいなので、まああるとして、
ちなみに僕はないんですが、
藤田の項目があったことに驚きました。
しかも愛称はプリタまたはプリさん、とかちゃんと書かれていて。
しかし、その愛称が僕らの同級生で、
現在は奈良にて予想外に立派な住職になったプリタに由来する
ってことまでは書いてませんでした。

それはともかく、
何だかWikipediaは、
本当に一昔前には想像もつかなかったシステムのツールですよね。
僕も知らない役者さんとかと一緒に仕事するとかになると、
必ず調べるようなクセになってます。
人だけじゃなくて、何か固有名詞うかぶたびに検索してます。
本当に普通に必須辞書として使ってますね。

今や、従来の辞書だけでは足りないんですよね。

知識ってものの形が十年前くらいと全然違うんだと思います。
従来の知識、アカデミックな情報、
つまりいわゆる勉強する知識ですよね、
それが昔はもっと力を持っていて、価値があったような気がするんですが、
今やそれは別に否定はされなくとも、一つのジャンルに過ぎないというか。
情報社会なんて言いますが、
それはもう全然違うんですよ。昔とは。
人々の情報ってものの扱い方が。
それは単純に飛躍的に爆発的に膨張しました。
いろんなことを知らなければいけないけど、
どだい、膨大過ぎて全部を知り尽くすことなんてできない。
だからみんなが共有するデータベースとして一つの大きな辞書がある。
その大きな辞書はもはや個人が征服すべき知識ではなく、
必要に応じて参照するだけのものです。
そうであれば、
もはや勉強なんてしないでいい。
知識も要らない。
調べる技術さえ磨けばいい。
みたいなことにすらなりかねませんが。

今林に興味を持って、彼がどういう人かを調べることと、
広辞苑を開いて、例えば「しゃらくさい」の意味、語法を調べることが、
もはや等価である、と。
後者の行動が前者の行動に比べて別にエライわけでも高尚なわけでもない、と。
同じことだ、と。

そういう情報社会です。
それは横方向に薄く無限に広がっていくイメージです。

一方、もはやそんな情報社会の1ジャンルにしか過ぎない勉強アカデミズムというのは、
振り返れば縦方向に深くつながっている無限です。

どっちにせよ無限なんですが、
無限って言いながら、前者は厳密に言うと有限なはずなんだけど、
何かごまかして無限って言えちゃいます。
でも有限なんです。
横に限りなく広がっていく情報ってヤツは、
どんなにキリがないほど膨張しても、あるシステムに入ってるわけですから。
でもその無限に近い有限の情報の塊は、
あるレベルまで行けば複雑性で人間そのものの域に匹敵していくのではないか。
では逆に人間という現象も有限の情報の塊として計算できるものなのではないか。
前にも紹介しましたグレッグ・イーガンって人はそんなSFを書きます。

何話してるのかわからなくなってきました。
何がいいとか悪いとかいうことじゃないんですが、
とにかくWikipediaは役に立つなあと。
でも釈然とはしないなあと。

もうちょっとしたら、これがかつてなかったということに驚く人達が出てくるのではないでしょうか。
よく考えればネットなんかは生まれたときからあるって人がもうそろそろいるわけですよね。
そういう若い人のものの見方って根本的に僕らの世代とは違うところがあるんでしょうね。

そういえば中国に共産党以外の政党ができるってニュースがさらっと新聞にあって、
え?いいの?と思ってよく読んだら、
ネットでの秘かな連帯が可能にした新しい動きみたいですね。
まあいわば地下組織ですね。
この場合の地下がネットってわけです。

やっぱいろんなことが全然違ってきてるんですよね。
どう考えても予想なんて不可能だった展開だらけです。
商売柄いつも考えるドラマチックやイメージのありかって事に関して、
ここ数年のその可能性の広がりにはときめきもし、焦りもします。

本当は前売りがそろそろ始まる三月のプロデュース公演「燻し銀河」について書こうと思っていたのですが、
失敗しました。もう書き直す時間がありません。
それはまた来週詳しく。
「燻し銀河」には本当に多彩で強力な役者が揃いました。
ここへ来てこれはエライことになりそうです。
よく知らない人がいれば、
ぜひWikipediaなどで調べるのも一献。
載ってない人もいるかもしれませんが。
そこに載ってる情報がどの程度の信用に足るものかわかりませんが。


松村武 | 19:09 - -
思えば去年の今頃はコクーンで死にそうだったなあ
「ロープ」から一年。
ようやくNODA・MAPの「キル」を見てきました。
「キル」は初演再演で何度も、そしてビデオでも何度も見た非常に大好きな作品なのですが、
あまりにも何度も見たのでもう見飽きたという風に思い込んでいて、
なかなか見に行くまで腰が重かったのですが、
十年ぶりくらいだったせいもあって、
全く演出変わってないにもかかわらず、新鮮な気持ちで楽しめました。
やはり尊敬すべき作品です。
初演の際に、それまで見たことのない演出表現に驚愕した日を思い出しました。
僕はよく野田かぶれだと巷で批判されますが、
あらためて「キル」を見ると、
いかにモロ影響をこうむっているかがわかります。
作ってる際にはそれほど自覚はなくとも、
あらためて恥ずかしげもなくマネをしているんだなと気づかされます。
その後期野田さんの演出方法の核心が「キル」には満載されていて、
その後の作品と比べても、一番濃密に前面に出ている作品だと思います。
そうそう。こういう風な考え方で演劇を演出していくんだということを、この作品で学んだんだ、
と感傷に浸りました。
まあ、ものは言いようですが、
マネしてるというよりは継承してるつもりでやってるんですけどね。
ちなみに作家としては前期野田さんの方を尊敬してます。
「キル」の凄みはやはり演出です。

と言いつつ、
野田さんというのは自分にとってはアメリカみたいな感じだなといつも思います。
パンフの冒頭文で、近頃流行の等身大の芝居を痛烈に批判していて、
それは僕なんかはもう大歓迎な意見ではあるのですが、
やっぱり、資本的にも圧倒的な力を持つ大国がそういうこと言うと、
何か、何言ってんだって反感持つ人がいてもその人の気持ちもわかるような気がします。
僕なんかはもうどうあがいてもその大国の影響下の小国でしかないんだけど、
グローバルって考え方への対抗の意地はありまして、
わずかながらも固有の文化もあるのです。
そういう風にやってる同じような劇団もいっぱいあるわけで、
僕も同じくざっくりと等身大の芝居は大嫌いですが、
それはそれで、いろいろあって、一括にくくってしまうようなものでもないし、
なぜそういう風な芝居が多いのかってことが興味深い問題です。
そもそも一つ一つの芝居にいろんな色はあります。
そのグラデーションのわずかさを嘲笑える立場は確かに勝者のポジションなのでしょうが、
そういうことも含めてアメリカみたいに思えます。

「キル」が作られた時から二十年近く。
本当に素晴らしい作品ですが、
それはもう伝説であって、
観劇としては、ただ懐かしいということに尽きるんです。

でも僕なんかは結局、イラク侵攻は酷いと言いながら、
まあ、マクドはさすがに余り行かなくなりましたが、
あの新宿西口ですげえ列ができてるドーナツなんかは、
本当に夢のようにおいしいと思ってバクバク食いますし、
スタバで一服したりもします。
何より毎週アメリカ大衆文化の権化、WWEプロレスを週四時間欠かさず見てます。
勉強だとすら思っています。
僕にとってアメリカとはそういう意味です。

アメリカどっぷりと言えば、前にも書いたかもしれませんが、
僕は昨今のアメリカのTVドラマの大ファンです。
そのためにケーブルテレビに入ってます(あとWWEのため)
24、プリズンブレイク、LOST。
最近はHEROESが本国で大ブームだって言うんで勢い込んで毎週チェックしてますが、
LOSTほどではない。
そのLOSTもシーズン3で失速。

しかし侮れぬ帝国の底力。すげえのが海を渡ってやってきました。
「バトルスター・ギャラクティカ」

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これ昔あった「宇宙空母ギャラクティカ」ってSFのリメイクとまでいかないけど、
それを根底にまた全く新しい現代に合わせた物語を創造したものです。

これは正直凄いレベルです。
アニメの「マクロス」を実写版にして、大人向けに深く掘り下げたような感じです。
宇宙戦闘シーン含め映像のクオリティも相当なんですが、
物語が凄い深い。

遠い未来に人類がロボット達の反乱によって滅亡寸前に追い込まれ、
生き残ったわずかな人類が巨大宇宙船団を組んで逃げ回るっていう、
その大枠自体は「マクロス」そのもので、少し古臭いんですが、
そこから派生する細かいドラマが哲学的で深遠です。
登場人物の造形も興味深くて、
とにかく本格派の気合が感じ取れる作品なのです。

LOSTも24もそうですが、このギャラクティカでも、
基本的設定として戦いはすぐ身近にあるけども、
敵の存在が全く見えないというコンセプトがあります。
何を考え、何を目的とし、どこに潜んで、どこから現れるのか。
そして時には身近な存在の人が、突如潜伏した敵として本性を現す。
アメリカの人々が実感として今最もシリアスに反応する枠組みなんでしょう。
日本人にはそういう見方が根本的にはわからないでしょう。
だから、こんな難解な物語がなぜ大衆のブームをつかむのか、
いつも不思議に思うのですが、向こうではそれなりのことなのです。
そして日本において大衆のブームをつかんでいるテレビドラマや芝居やらは、
今の日本の実感のありか、それなりの姿なのだと思います。

近いうちにDVDが出ると思います。
ぜひおすすめです。

松村武 | 15:53 - -
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